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【日本】医薬発明の進歩性に関する審決を取消した知財高裁判決

IPニュース 2023.05.09
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知財高裁 令和4年6月22日判決(令和3年(行ケ)第10115号)

1.事件の概要
 被告は,発明の名称を「1回当たり100~200単位のPTHが週1回投与されることを特徴とする、PTH含有骨粗鬆症治療/予防剤」とする発明について,2015年5月25日に特許出願(特願2015-105266号;2010年9月8日(優先権主張 2009年9月9日)を国際出願日とする出願の一部を新たな出願としたもの)をしたところ、2017年9月1日、その設定登録(特許第6198346号;本件特許)を受けた。
 原告は,2018年8月29日、本件特許の請求項1及び2に係る発明について特許無効審判(無効2019-800062号)を請求した。
 特許庁は、2021年8月11日、請求項2について訂正を認め、本件特許の請求項1及び2に係る発明について請求不成立の審決(本件審決)をしたところ、原告は、2021年9月16日、本件審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。
 争点の一つは,進歩性の有無であり,知財高裁は、進歩性を有すると判断した審決を取り消した。

2.特許請求の範囲の記載
 本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,請求項1及び2からなり,請求項1は、次のとおりである(以下,請求項1、請求項2に係る発明を「本願発明1、「本件発明2」という。)。
【請求項1】
 1回当たり200単位のPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする、PTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する、骨粗鬆症治療ないし予防剤であって、下記(1)~(3)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者に投与されることを特徴とし、48週を超過して72週以上までの間投与される、骨折抑制のための骨粗鬆症治療ないし予防剤;
 (1)年齢が65歳以上である
 (2)既存の骨折がある
 (3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である。

3.争点
 本件発明1と主引用例である甲1発明との相違点1ないし3は、次のとおりである。
<相違点1>
 本件発明1は、「骨粗鬆症患者」が「下記(1)~(3)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者
 (1)年齢が65歳以上であり、
 (2)既存の骨折があり、
 (3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、及び/又は、骨萎縮度が萎縮度I度以上である」であるのに対し、甲1発明では、「厚生省による委員会が提唱した診断基準で骨粗鬆症と定義された、年齢範囲が45歳から95歳の被検者のうち、複数の因子をスコア化することによって評価して骨粗鬆症を定義し、スコアの合計が4より高い患者」である点
<相違点2>
 本件発明1は、「骨粗鬆症治療ないし予防剤」が「骨折抑制のための」ものであることが特定されているのに対して、甲1発明ではそのような特定がない点
<相違点3>
 本件発明1では、「48週を超過して72週以上までの間投与される」ことが特定されているのに対して、甲1発明にはそのような特定がない点(甲1文献の試験は、48週までの投与についてのものである。)

4.知財高裁による判決
 本判決は、相違点1~3に係る本件発明1の構成は当業者が容易に想到し得たものであるから、本件発明1の進歩性を認めた本件審決の判断には誤りがあるとし、また、本件発明1が進歩性を有することから本件発明2の進歩性を認めた本件審決の判断にも誤りがあるとした。本判決の相違点1~3に係る判断の概要は、次のとおりである。

(1) 相違点1について
 本件発明1の「(1)年齢が65歳以上である」(本件条件(1))、「(2)既存の骨折がある」(本件条件(2))、「(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である」(本件条件(3))について検討するに、本件条件(2)及び本件条件(3)は、診断基準(甲5)で骨粗鬆症と診断される条件と同じであるから、当業者が甲1発明の200単位週1回投与の骨粗鬆症治療剤を投与する骨粗鬆症患者を本件条件(2)及び本件条件(3)で選別するのには何ら困難を要しない。
 また、骨粗鬆症は、加齢とともに発生が増加するとの技術常識があり、骨粗鬆症による骨折の複数の危険因子として、低骨密度及び既存骨折に並んで年齢が掲げられていることに着目して投投与する骨粗鬆症患者を65歳以上として、本件条件(2)及び本件条件(3)に加えて本件条件(1)のように設定することはごく自然な選択であって、何ら困難を要しない。

(2) 相違点2について
 骨粗鬆症は、骨強度の低下を特徴とし、骨折の危険性が増大した骨疾患であり、骨粗鬆症の治療の目的は骨折を予防することであり、「骨強度」は骨密度と骨質の2つの要因からなり、骨密度は骨強度のほぼ70%を説明するとの技術常識があったのであるから、当業者は、骨密度の増加は骨折の予防に寄与すると理解するというべきである。
 そうすると、甲1発明の骨粗鬆症治療剤を骨折抑制のためのものとすることは、当業者が容易に想到することである。

(3) 相違点3について
 本件明細書の記載によると、「48週」及び「72週以上」に臨界的意義を認めることは困難であり、本件発明の「48週を超過して72週以上までの間」との特定の時期をもって始期及び終期とする限定には格別の技術的意義を見いだすことができず、単に、適宜の区間についてPTHの投与継続につれて骨折発生率が低下していることを示しているにすぎない。
 本件の特許要件判断の基準日において、連日投与のPTH製剤に関し、48週を超えた投与により骨密度が上昇し、骨折発生が減少することが知られていた。
 そうすると、連日投与のPTHに関して48週を超えての投与がされ、それによる骨密度の上昇及び骨折発生の減少が報告されていたことを踏まえ、甲1発明の骨粗鬆症治療剤においても、骨密度の上昇と骨折の予防のために48週を超えて投与するようにすることは、当業者として容易に想到することである。

(4) 発明の効果の考え方
 発明の効果が予測できない顕著なものであるかについては、当該発明の特許要件判断の基準日当時、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することのできなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討する必要がある(最高裁平成30年(行ヒ)第69号/令和元年8月27日第三小法廷判決)。もっとも、当該発明の構成のみから、予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから、当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される。なお、予測できない顕著な効果の立証責任は特許権者にあるから、当該発明の構成から奏する効果が不明であるからといって、直ちに予測できない顕著な効果があるとすることはできない。

(5) 本件発明の効果について
 本件発明の予測できない顕著な効果と主張されているものは、72週時点でプラセボ群に対するRRRが79%という高い骨折抑制効果を奏すること(効果①)、投与の継続により骨折抑制効果が増強する効果を奏すること(効果②)、48週経過後に実質的に完全に骨折を抑制する効果を奏すること(効果③)である。

(5-1) 効果①について
 効果①を確認するためには、高リスク患者(本件3条件の全てを満たす患者)に対する骨折抑制効果と低リスク患者(本件3条件の全部又は一部を満たさない患者)に対する骨折抑制効果とを対比する必要があるが、本件明細書の記載からは、高リスク患者における骨折発生の抑制の程度を低リスク患者における骨折発生の抑制の程度と比較して、前者が後者よりも優れていると結論付けることはできない。以上によれば、効果①は、本件明細書の記載に基づかないものである。

(5-2) 効果②について
 本件明細書には、本件発明の骨粗鬆症治療剤を投与した患者とプラセボを投与した患者を比較しているだけであって、3条件充足患者が非3条件充足患者よりも優れた骨折抑制効果があることが示されていない。また、甲2文献には、20又は40μgのPTHを、平均17ないし18か月連日投与したところ、投与期間が長くなる程、PTHの投与による骨折抑制率が高まることが記載されているから、骨折抑制効果が投与期間の継続により増強することは当業者の予測の範囲内である。

(5-3) 効果③について
 試験の結果を示す事実として48週を超えてからの新規椎体骨折の発生はなかったというにすぎず、本件発明の骨粗鬆症治療剤が48週超の投与によって実質的に完全に骨折の発生を抑止する治療剤(完全な特効薬)であるとする趣旨とは認め難く、被告も本件発明の骨粗鬆症治療剤がそのような効果を有するものとは主張していない。甲1発明でも、48週間の投与において椎体骨折が発生していなかったことに鑑みると、骨折発生率はもともと低いものであると理解できるのであり、本件発明において48週を超えて72週までの区間での骨折発生数は0件であったとしても、それ自体が当業者にとって意外なものとまではいえず、予測し得る範囲内のものである。

5.コメント
 本判決では,医薬発明の進歩性の考え方として、数値限定などの判断が示された。
投与対象患者の年齢の数値限定(65歳以上)については、疾病と年齢の関連性などの技術常識を踏まえて検討され、進歩性が否定されている。疾病と年齢の関連性については、今後とも、技術常識を含めて十分に調査したうえで、クレームにおける年齢の数値限定を検討することが重要である。
 投与期間の数値限定(48週を超過して72週以上までの間)については、本件明細書において、臨界的意義が認められないと判断された。今後とも、投与期間の数値限定には、格別の技術的意義を見いだすことができるような明細書の記載が求められる。
 発明の効果についても検討されたが、「(1)年齢が65歳以上である、(2)既存の骨折がある、(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度I度以上である。」という3条件を全て満たす骨粗鬆症患者 (3条件充足患者)に限定した効果(効果①、効果②)については、明細書において一定の効果が示されているものの、3条件充足患者と非3条件充足患者の効果の比較がなされていないことから、予測できない顕著な効果の主張は採用されなかった。今後は、予測できない顕著な効果を立証できるような実施例と比較例を選択して明細書に開示することが必要である。
 投与期間の数値限定による効果(効果3)については、48週を超えて72週までの区間での骨折発生数が0件であったとしても、それ自体が当業者にとって意外なものとまではいえず、予測し得る範囲内のものであるという厳しい判断が示された。また、本判決では、予測できない顕著な効果に関して、「当該発明の構成のみから、予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから、当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許される」と判示されている。今後は、本願発明の構成に近い構成を有する引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果について検討することにより、予測できない顕著な効果を主張することが重要である。
 なお,本判決の判示事項について,さらに明確にするためには,判例の蓄積が必要であり,今後の判例の動向に注目することが重要である。

知財高裁HP:令和3年(行ケ)第10115号判決文 

◎最近の参考判例
知財高裁令和4年6月22日判決(令和3年(行ケ)第10069号)においても,本件審決の取消しについて争われ、相違点1、相違点2について、本判決と同様の判断が示されている。(知財高裁HP:令和3年(行ケ)第10069号判決文

 

 

 

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