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【日本】抗体特許のサポート要件について判示した知財高裁判決

IPニュース 2023.08.17
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知財高裁 令和5年1月26日判決(令和3年(行ケ)第10093号)

1.事件の概要
 被告(アムジェン)は、平成20年8月22日(優先日平成19年8月23日、同年12月21日、平成20年1月9日及び同年8月4日、優先権主張国:米国)を国際出願日とする特許出願(特願2010-522084号)の一部を分割して、平成25年9月20日、発明の名称を「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」とする発明について特許出願をして、平成27年3月6日、特許権の設定登録(特許第5705288号。以下「本件特許」という。)を受けた。
 原告(リジェネロン)は、令和2年2月12日、本件特許の請求項1及び9に係る部分について特許無効審判(無効2020-800011号)を請求した。特許庁は、令和3年4月7日、請求不成立の審決(以下「本件審決」という。)をした。そこで、原告は、令和3年8月13日、本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起したところ、本判決において、本件審決が取消された。
 本件訴訟では、進歩性や実施可能要件などの複数の取消事由に関する主張がされたが、本判決では、サポート要件に関する判断のみ判示された。

2.本件特許発明
 訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び9の記載は、以下のとおりである。
(以下、請求項1に係る発明を「本件発明1」、請求項9に係る発明を「本件発明9」といい、本件発明1と本件発明9を合わせて「本件発明」という。また、「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」を「21B12抗体」といい、「参照抗体」ともいう。)

【請求項1】 PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項9】 請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。

3.審決
 本件発明の課題は、このような新規な抗体を提供し、これを含む医薬組成物を作製することで、PCSK9とLDLRとの結合を中和し、LDLRの量を増加させることにより、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し、又は予防し、疾患のリスクを低減することにあると理解することができる。
 そして、本件明細書には、抗PCSK9モノクローナル抗体の作製方法、PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗体をスクリーニングする方法、21B12抗体と競合する抗体をスクリーニングする方法が具体的に記載されており、また、実施例には、・・・抗PCSK9モノクローナル抗体に対して「PCSK9とLDLRとの結合を中和することができるものを選択するスクリーニング」、「21B12抗体と競合するものを選択するスクリーニング」の2回のスクリーニングをすることで十分に高い確率で本件発明の抗体をいくつも繰り返し同定することができることが具体的に示されている。そして、本件明細書には、PCSK9とLDLRとの結合を中和することにより、LDLRの量を増加させ、対象中の血清コレステロールの低下をもたらすという作用機序が記載されているから、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができる」という特性を有する本件発明の抗体が、対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し、高コレステロール血症等の、上昇したコレステロールのレベルが関連する疾患を治療し、予防し、疾患のリスクを低減するという課題を解決できるものであることを合理的に認識できる。
 したがって、当業者であれば、本件明細書の記載から、本件発明の抗体は上記の課題を解決できることを認識できるものであり、本件発明は、明細書に記載されたものといえるから、本件特許は、サポート要件に適合する。

4.知財高裁の判断
(1)サポート要件の基本的な考え方
 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。

(2)本件発明の認定
(ア)本件発明の請求項1について
 本件発明の請求項1は、①「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」、②PCSK9との結合に関して、「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(21B12抗体:参照抗体)と「競合する」、③「単離されたモノクローナル抗体」との発明特定事項を有するものであり、①と②の発明特定事項は、③のモノクローナル抗体の性質を決定するものと解される。

(イ)「中和」について
 本件発明における「中和」とは、タンパク質結合部位を直接封鎖してPCSK9とLDLRタンパク質の間の相互作用を妨害し、遮断し、低下させ、又は調節する以外に、間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー変化等)を通じてLDLRタンパク質に対するPCSK9の結合能を変化させる態様を含むものである。

(ウ)「競合する」について
 本件発明における参照抗体と「競合する」とは、参照抗体がPCSK9と結合する部位と同一の又は重複するPCSK9上の部位に結合して、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ことや、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害して、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ことをも意味するものと解され、抗体がPCSK9への参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ことがアッセイにより測定されれば抗体間の「競合」と評価されるものであり、本件発明では「競合」の程度は特定されていない。

(エ)本件発明のモノクローナル抗体の特性
 参照抗体と競合する、本件発明のモノクローナル抗体は、様々な程度で、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する(例えば、低下させる)ものであって、必ずしも参照抗体がPCSK9と結合する同一のPCSK9上の部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体に限らず、参照抗体がPCSK9と結合するPCSK9上の部位と重複する部位に結合し、参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体や、参照抗体とPCSK9との結合を立体的に妨害する態様でPCSK9に結合し、参照抗体のPCSK9への特異的結合を妨げ、又は阻害(例えば、低下させる)する特性を有するモノクローナル抗体を含むものであると認められる。

(3)本件発明の課題
(ア)技術的意義
 そもそも本件発明の課題は、・・・LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することであり、このような課題の解決との関係では、参照抗体と競合すること自体に独自の意味を見出すことはできないから、このような観点からも、本件発明の技術的意義は、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同様のメカニズムにより、結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にある。

(イ)機能的特性について(PCSK9上に結合する位置など)
 本件明細書には、上記競合する抗体として同定された抗体の中で中和活性を有すると記載される抗体がPCSK9上へ結合する位置についての具体的な記載はなされていないものの、21B12抗体と同一性の高いアミノ酸配列を有する抗体群については、21B12抗体と同様の位置でPCSK9に結合する蓋然性が高いといえるとしても、それ以外のアミノ酸配列を有する数グループの抗体については、エピトープビニングのようなアッセイで競合すると評価されたことをもって、抗体がPCSK9上に結合する位置が明らかになるといった技術常識は認められない以上、PCSK9上で結合する位置が明らかとはいえない。
 本件明細書には「例示された抗原結合タンパク質と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質及び断片は、類似の機能的特性を示すと予想される。」との記載があるが、上記のとおり、「PCSK9との結合に関して21B12抗体と競合する」とは、21B12抗体と同じ位置でPCSK9と結合することを特定するものではないから、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同じエピトープと競合し、又は結合する抗原結合タンパク質(抗体)であるとはいえず、このような抗体全般が21B12抗体と類似の機能的特性を示すことを裏付けるメカニズムにつき特段の説明が見当たらない以上、本件発明の「PCSK9との結合に関して、21B12抗体と競合する抗体」が21B12抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできない。

(ウ)被告の主張について
 被告は、21B12抗体に競合するが、PCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和できない抗体が仮に存在したとしても、そのような抗体は、本件発明1の技術的範囲から文言上除外されているなどとして、本件発明がサポート要件に反する理由とはならない旨主張する。
 しかし、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9とLDLRタンパク質との結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点に本件発明の技術的意義があるというべきであって、21B12抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれるとすると、その技術的意義の前提が崩れることは明らかである。

(4)結論
 以上によれば、本件発明1及び9は、いずれもサポート要件に適合するものと認められないから、これと異なる本件審決の判断は誤りである。
 なお、原告の主張のうち「EGFaミミック抗体」に係る点は首肯するに値するものを含み、サポート要件が満たされているとする被告の主張に疑義を生じさせるものと考えるが、この点に関する判断をするまでもなく、上記のとおり、本件発明1及び9は、いずれもサポート要件に適合するものとは認められないから、更なる判断を加えることは差し控える。

5.コメント
 本判決は、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」、「参照抗体と競合する」として、機能的な表現により発明を特定した事案である。サポート要件の基本的な考え方としては、従来の裁判例(例えば、知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)10042号)「偏光フィルムの製造法」大合議判決)と同じ考え方が示されており、この点は、審査基準にも整合している。
 本判決では、本件発明の技術的意義について、PCSK9との結合に関して参照抗体と競合する抗体であれば結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるとしたうえで、本件発明には、参照抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれており、本件明細書や技術常識を参酌しても、PCSK9上で結合する位置が明らかとはいえないとして、サポート要件を満たさないことが判示され、審決が取り消された。本件発明のクレームでは、明細書に開示された機能的特性とは異なる特性に基づく発明に独占権を付与することとなり、将来なされるであろう発明を包含するリーチ・スルー・クレームとしても問題になる可能性がある。この点で、本判決におけるサポート要件の判断は適切であると考える。
 今後は、機能的な表現により発明を特定する場合には、発明の技術的意義を明確にしたうえで、サポート要件を満たすことができるように、機能的な表現に関する明細書の開示や技術常識について十分に検討することが重要である。とくに、抗体特許において、「中和することができる」、「参照抗体と競合する」といった機能的な表現により発明を特定する場合には、抗体が結合する位置を明確にする等、その機能的特性を有することを特定することがサポート要件の適合性として重要である。例えば、被告の主張のように、「本件発明の機能を有しない抗体が仮に存在したとしても、そのような抗体は、本件発明の技術的範囲から文言上除外されている」としても、その機能的特性に本件発明の技術的意義がある場合には、その機能的特性を有することを具体的に示すことが必要となる。
 抗体特許におけるサポート要件の判断について、さらに明確にするためには、判例の蓄積が必要であり、今後の判例の動向に注目することが重要である。例えば、本判決では、原告の主張のうち「EGFaミミック抗体」に係る点については具体的に判示されていないが、サポート要件が満たされているとする被告の主張に疑義を生じさせる可能性が示唆されており、今後の裁判例の動向に注意が必要である。
 なお、アムジェンとリジェネロンの争いとして、本件特許と参照抗体のみが異なる同様の抗体特許(特許第5906333号)に対して審決取消訴訟が提起され、本判決と同日に同様の判決が示されている。(知財高裁令和5年1月26日判決(令和3年(行ケ)第10094号))

6.参考情報(関連判決)
(1)知財高裁平成31年12月27日判決(平成29年(行ケ)第10225号、平成29年(行ケ)第10226号))
 アムジェンが保有する本件特許(特許第5705288号)に対して、サノフィは無効審判を請求したが、アムジェンにより訂正請求が行われ、特許庁は訂正を認めたうえで無効審判について不成立審決をした(無効2016-800004号)。サノフィは、これを不服として知財高裁に審決取消訴訟を提起したが、請求が棄却された。この審決取消訴訟では、サノフィが主張する取消事由(進歩性の判断の誤り、サポート要件の判断の誤り、実施可能要件の判断の誤り)がいずれも否定された。サノフィは、この判決を不服として最高裁に上告したが、最高裁は、令和2年4月24日、上告を不受理として判決が確定した。
 なお、アムジェンとサノフィの争いとして、本件特許と参照抗体のみが異なる同様の抗体特許(特許第5906333号)に対する審決取消訴訟が提起され、本判決と同日に同様の判決が示されている。(知財高裁平成31年12月27日判決(平成29年(行ケ)第10226号))

(2)Amgen Inc. v. Sanofi, Aventisub LLC (Fed. Cir. Feb.11, 2021)
 米国において、本件特許(特許第5705288号)の対応特許(US 8,829,165, US 8,859,741)を保有するアムジェンは、2014年、サノフィを特許侵害として連邦地裁に提訴した。サノフィは、本件特許の実施可能要件の不適合などによる特許無効を主張したが、連邦地裁は特許を有効と判断した。その後、CAFCに控訴された結果、CAFCは、連邦地裁の判決を破棄・差し戻した。差戻審で連邦地裁は、実施可能要件の適合性を再審理し、実施可能要件の不適合を認めた。アムジェンは、この差戻審での判決を不服としてCAFCに控訴したが、控訴審では、実施可能要件を不適合とする判断が支持された(2021年2月11日)。その後、連邦最高裁に上告されたが、2023年5月18日、連邦最高裁はCAFCの判断を支持する判決を示した。

知財高裁HP:令和3年(行ケ)第10093号判決文

(加藤 浩)

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