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【日本】結晶発明の進歩性を阻害要因により肯定した知財高裁判決

IPニュース 2024.01.04
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知財高裁 令和13日判決(令和4年(行ケ)第10064号)

 

1.事件の概要
 被告は,名称を「微細結晶」とする発明についての特許(本件特許)の特許権者である(特許第4606326号)。本件特許は,平成16年5月7日を国際出願日(国内優先権主張・平成15年5月9日)とし,特願2005-506044号として出願され,平成22年10月15日に設定登録がされた。
 原告らは,令和2年10月12日,本件特許(請求項の数:5)について特許無効審判の請求をし,特許庁は,無効2020-800100号事件として審理して,令和4年6月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(本件審決)をした。原告らは,令和4年6月29日,本件審決の取消しを求めて知財高裁に提訴した。
 争点は,進歩性の有無及びサポート要件違反の有無であり,知財高裁は,進歩性を有し,サポート要件違反を有しないと判断した審決を支持した。以下では,争点のうち、進歩性要件について解説する。

2.特許請求の範囲の記載
 本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。(以下,各請求項に係る発明を請求項の番号に対応させて「本件発明1」などといい,本件発明1ないし5を併せて「本件各発明」という。)
 【請求項1】
 0.5~20μmの平均粒径を有し,結晶化度が40%以上である
 【化1】

で表される(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの微細結晶。
 【請求項2】
 0.5~20μmの平均粒径を有し,結晶化度が40%以上である(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの微細結晶を含むことを特徴とする固体医薬製剤。
 【請求項3】
 微細結晶が,(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの結晶を粉砕して得られる微細結晶である請求項2記載の固体医薬製剤。
 【請求項4】
 微細結晶が,(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオンの結晶と添加剤を混合し,得られた混合物を粉砕して得られる混合物中の微細結晶である請求項2記載の固体医薬製剤。
 【請求項5】
 粉砕が,ジェットミルを用いて行う粉砕である請求項3または4記載の固体医薬製剤。

3.審決
 争点は,進歩性の有無及びサポート要件違反の有無であり,本件審決では,本件各発明は進歩性を有し,サポート要件違反を有しないとして特許が維持された。以下では,本件発明1の進歩性の判断について説明する。
(1)甲1(特開平6-211856号公報)に記載された発明の認定
 甲1には,次の各発明(以下,前者の発明を「甲1結晶発明」といい,後者の発明を「甲1製剤発明」という。)が記載されている。
(甲1結晶発明)
 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンの薄黄色針状晶。
(甲1製剤発明)
 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンの薄黄色針状晶を含む固体医薬製剤。

(2)対比・判断
 本件発明1と甲1結晶発明を対比すると,両者は,「化合物1の結晶」という点で一致し,以下の点で相違する。
(相違点1)
 本件発明1は,平均粒径が0.5~20μmの微細結晶であると特定しているのに対して,甲1結晶発明は,平均粒径及び微細結晶であることの特定がない点
(相違点2)
 本件発明1は,結晶化度が40%以上であると特定しているのに対して,甲1結晶発明は,結晶化度の特定がない点

※本件発明2ないし5についての判断は省略する。

4.知財高裁の判断
(1)甲1結晶発明から認識される課題について
(ア)溶解性について
「甲1結晶発明自体からは,化合物1の結晶の溶解性を高めるとの課題は直ちに導かれず,その他,甲1には,当該課題についての記載ないし示唆は見られない」としたうえで,「経口投与される水難溶性の薬物において,薬物の吸収性及びバイオアベイラビリティを向上させるため,その溶解性を高めることは,本件優先日当時の当業者にとって,周知の課題であった」,「甲1によると,甲1結晶発明(化合物1の結晶)は,経口投与される薬物としても使用されるものである」,「本件優先日当時の当業者は,化合物1の結晶の溶解性が低いものと認識していたと認められる」として,甲1結晶発明に接した本件優先日当時の当業者は,甲1結晶発明(化合物1の結晶)の溶解性を高めるとの課題を認識したものと認めるのが相当であると判断した。

(イ)安定性について
「甲1結晶発明自体からは,化合物1の結晶の安定性を高めるとの課題は直ちに導かれず,その他,甲1には,当該課題についての記載ないし示唆は見られない」としたうえで,他の甲号証によると,薬物の安定性を高めることは,本件優先日当時の当業者にとって,自明の課題であったとして,甲1結晶発明に接した本件優先日当時の当業者は,甲1結晶発明(化合物1の結晶)の安定性を高めるとの課題を認識したものと認めるのが相当であると判断した。

(2)化合物1の結晶の平均粒径を小さくし,かつ,化合物1の結晶の結晶化度を大きくすることについて
(ア)溶解性について
 経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高める方法として,「粉砕等により結晶の粒子径を小さくすること,結晶形を不安定型又は準安定型に変えること,結晶の結晶化度を低下させること」などは,本件優先日当時の周知技術であったと判断した。

(イ)安定性について
 薬物の安定性を高める方法として,「結晶の結晶化度を高めること,遮光,湿気の遮断等を目的として薬剤に保護コーティングを形成すること,遮光を目的として遮光剤(酸化チタン)を含むコート液をコーティングすること」などは,本件優先日当時の周知技術であったと判断した。

(ウ)周知技術の組み合わせ(阻害要因)
 「本件優先日当時,非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識が存在し,そのため,水難溶性の薬物の溶解性を改善するとの目的で,かえって結晶化度を低くすることが一般に行われていたものと認められる」としたうえで,「本件優先日当時,経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術として,結晶の粒子径を小さくすること以外の方法も存在し,また,薬物の安定性を高めるための周知技術として,結晶の結晶化度を高めること以外の方法も存在していた」として,化合物1の溶解性及び安定性を高めるとの課題を認識していた本件優先日当時の当業者において,「化合物1の溶解性を追求するとの観点から,経口投与される水難溶性の薬物の溶解性を高めるための周知技術(結晶の粒子径を小さくするとの周知技術)を採用し,かつ,化合物1の安定性を追求するとの観点から,薬物の溶解性を低下させる結果となり得る周知技術(結晶の結晶化度を大きくするとの周知技術)をあえて採用することが容易に想到し得たことであったと認めることはできない。」と判示した。

(3)結論
 「化合物1の溶解性及び安定性を高めるとの甲1結晶発明の課題を認識していた本件優先日当時の当業者において,化合物1の結晶の平均粒径を相違点1の数値範囲とし,かつ,その結晶化度を相違点2の数値範囲とすることが容易に想到し得たことであったと認めることはできない」と判示され、本件発明1の進歩性が肯定された。なお、本件発明2ないし5についても、同様に、進歩性が肯定された。

5.コメント
 本判決では,相反する作用を有する周知技術の組み合わせは,容易に想到することができないとして,進歩性が肯定された。進歩性を肯定する考え方の一つとして,「阻害要因」があり,本判決では,阻害要因が認められたものと考えられる。
 本事件では,「非晶質の薬物の方が一般に溶解性が高いとの技術常識」に基づいて,化合物1の溶解性を追求するとの観点から,結晶の粒子径を小さくするという周知技術を採用し,かつ,化合物1の安定性を追求するとの観点から,結晶の結晶化度を大きくするという周知技術(薬物の溶解性を低下させる結果となり得る周知技術)をあえて採用することについて,容易に想到することができない旨判示された。
 今後とも,効果の相反する周知技術をあえて組み合わせることは,進歩性を肯定するための阻害要因として認められる可能性があり,今後の実務において参考になると考えられる。
 審査基準においても,進歩性が肯定される方向に働く要素の一つとして,「副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは,論理付けを妨げる要因(阻害要因)として,進歩性が肯定される方向に働く要素となる。」と説明されている。他方で,「ただし,阻害要因を考慮したとしても,当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが,十分に論理付けられた場合は,請求項に係る発明の進歩性は否定される」とも説明されている。阻害要因については,単に「効果の相反する周知技術の組み合わせ」という点だけでなく,当業者が容易に想到できたか否かという点から検討すべきであることに注意が必要である。
 なお,本判決の判示事項について,さらに明確にするためには,判例の蓄積が必要であり,今後の判例の動向に注目することが重要である。

知財高裁HP:令和4年(行ケ)第10064号判決文

(加藤 浩)

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