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【日本】最近の特許法改正の動向 ~プロパテントからプロイノベーションへ~

IPニュース 2009.11.14
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はじめに

特許庁では長官の私的研究機関として「特許制度研究会」が組織され、その成果が特許庁のHPに掲載されている。この研究会を幹事されている特許庁企画調査課の嶋野課長と嶋田課長補佐が本年7月31日に来所され、プレゼンテーションの後、意見交換がなされた。議論の内容は、特許法の昭和34年公布以来の大改正を視野に入れた特許制度の根幹に係る重要な事項に関するものであった。
この意見交換会は、特許制度の改正を巡って、その本質を改めて問い直す点で極めて有意義なものであったが、事務所の全弁理士が参加できたわけではなく(参加31名)、残念ながら不参加を余儀なくされた方も多数おられる。そこで、この意見交換会で話し合われた内容を振り返って整理するとともに、その後継続された研究会(第6回~第7回)の研究報告も併せて、今後の特許法改正がどのような方向に進もうとしているのか、また、どのような方向に進むべきか、検討してみたい。

1.特許制度研究会

(1)研究会設立の趣旨

我が国の特許制度は、現行法である昭和34年法の制定から既に50年が経過しているが、特許法の根幹部分は現行法の制定当時から変更されていないところ、プロパテントからプロイノベーションに向けて特許制度の基本設計を見直す時期が来ており、原点に立ち返って包括的な検討を行うべく、特許庁長官の私的研究会として「特許制度研究会」を設立。

(2)検討の方向性

以下の課題を念頭に置きつつ、イノベーションを推進する特許制度の在り方について検討。
・知的財産活用によるビジネス態様の多様化への対応
・行政・司法を通じた迅速・効率的な紛争解決制度の整備
・特許の質の向上によるビジネスリスクの軽減
・特許審査の迅速化と制度利用者のニーズへの対応
・国際的な特許制度調和の推進

検討の方向性の柱は以下のとおりであり、特許制度のあるべき理想像について多角的・包括的に検討。
①イノベーションを加速するわかりやすい特許制度
②裁判でもしっかり守られる強い特許権
③国際協調により世界で早期に特許が成立する枠組み

(3)検討項目

1.特許権の効力の見直し
①差止請求権の在り方について
②金銭的填補の在り方について
③特許権の効力の例外範囲(「試験・研究」の例外範囲)の在り方について

2.特許の活用促進
①実施許諾用意制度(ライセンス・オブ・ライト制度)について
②ライセンスの対抗の在り方について
③独占的ライセンスに係る制度の在り方について
④特許出願段階からの早期活用について

3.迅速・効率的な紛争解決
①ダブルトラックによる対応負担・判断齟齬について
②特許の有効性を巡る紛争の蒸し返しについて
②-1 被疑侵害者による蒸し返し
②-2 特許権者による蒸し返し
③無効審判ルートの在り方について
④技術的争点に関する的確な判断を支える制度整備について
⑤審決の確定・訂正の拒否判断の在り方について
⑥無効審判の確定審決の第三者効(特許法第167条)について

4.国際的な制度調和の推進
①特許法条約(PLT)加盟に向けた検討について
②仮出願制度について

5.迅速・柔軟な審査制度の構築
①審査着手時期の多段階化について

6.特許の質の向上
①特許の質について
②特許の質の向上に向けた出願人・特許庁の役割について
③第三者の役割(公衆審査)について

7.発明・発明者の保護のあり方
①職務発明制度について
②冒認出願の救済に関する制度について
③新規性喪失の例外規定における学術団体等の指定制度について
④特許の保護対象について

(4)出席委員

野間口 有 三菱電機株式会社 取締役会長(座長)
大歳 卓麻 日本アイ・ビー・エム株式会社 会長
佐々木 剛史 トヨタ自動車株式会社 知的財産部長
渡辺 裕二 アステラス製薬株式会社 知的財産部長
飯村 敏明 知的財産高等裁判所 判事
片山 英二 阿部・井窪・片山法律事務所 弁護士・弁理士
田中 昌利 長島・大野・常松法律事務所 弁護士・弁理士
大渕 哲也 東京大学大学院法学政治学研究科 教授
白石 忠志 東京大学大学院法学政治学研究科 教授
山本 敬三 京都大学大学院法学研究科 教授
尹 宣熙 漢陽大学校 法科大学 教授
渡部 俊也 東京大学先端科学技術研究センター 教授
奥山 尚一 理創国際特許事務所 弁理士

(6)日程

平成21年
第1回(1月26日)(特許制度の見直しの論点)
第2回(3月27日)(特許権の効力の見直しについて)
第3回(4月24日)(特許の活用促進について)
第4回(5月29日)(迅速・効率的な紛争解決について)
第5回(7月 6日)(迅速・効率的な紛争解決について)
第6回(8月25日)(産業財産権をめぐる国際動向と迅速・柔軟かつ適切な権利付与に
ついて)
第7回(10月 2日)(発明・発明者の保護の在り方について)
第8回(11月 4日)
第9回(12月 4日)

特許制度研究会へのアクセス:
「特許庁HP→印刷物→答申・報告書・講演録→特許制度研究会」

2.特許権の効力の見直し

(1)知的財産をめぐる環境変化

(1-1)イノベーションの態様の変化
経済のグローバル化、情報技術の進歩、M&Aの活性化などを背景に知的財産制度を取り巻く環境は大きく変化。例:「イノベーションのオープン化」
また、知的財産の活用形態も大きく変化。例:大学・研究機関、ベンチャー・中小企業などの研究開発成果を第三者が活用してビジネス展開するためのツールとして利用、IT分野などの標準技術を一体的に保護するためにパテントプールを形成。
このようなイノベーションの進展の結果、研究開発の過程で外部の権利者から権利行使される可能性が増え、強力な排他的権利である特許権が行使されることによる影響が、現行特許法制定時に想定されていたのと比べて極めて大きくなってきている。

(1-2)多様な権利主体からの権利行使の影響
多様な権利主体(製造や販売などの市場展開までの事業を実施せず研究開発のみを行う大学や研究機関、特許権を数多く取得して特定分野での権利行使を行うファンドなどの事業者)が権利行使を行うという状況が生じている。これらの主体は、いわゆるクロスライセンスする必要がなく、自らは他者の特許権侵害を問われることがないため、他者に対しては特許権を躊躇せず行使することとなる。

(1-3)特許権の効力の及ぼす影響の拡大
IT技術の進展・経済のグローバル化に伴い、特許権の効力の及ぶ範囲・規模についても、現行法制定時の想定範囲を大幅に超えたものとなっている。

(2)特許権の効力に関する検討について

(2-1)特許権の効力をめぐる現状
特許権の効力には、積極的効力(権利者が特許発明を独占的に実施)と消極的効力(他人の実施を排除)があるところ、後者は、法律上、差止め、ないし廃棄請求権を権利者に認めるという形で規定されている(特許100)。しかし、オープンイノベーションの進展に伴い、他者から権利行使を受ける可能性も増えてきており、差止請求権がイノベーションに及ぼす影響を懸念する声がある(仮に製品に対する寄与率がかなり小さい特許の侵害であっても差止めが認められてしまう等)。ゆえに、特許権の効力の在り方を見直す時期にきているといえる。

(2-2)特許権の効力に関する論点

①差止請求権の在り方について
・イノベーション促進の観点から、差止請求権に何らかの制限を設けるべきかどうか。
・差止請求権は、特許権が所有権(民法上の物を支配する権利)類似のものと捉えられていたことによる。しかし、知的財産が土地や建物などの境界線が明確な物を対象とする所有権とは本質的に異なるとすれば、必ずしも特許権を所有権と同様に考える必要はない。例えば、特許権の行使が権利濫用であるか否かを判断する際に考慮すべき要素を、特許制度特有のものとして規定してもよい。
・2006年の米国連邦最高裁の判決(eBay判決(2006))における差止めを認めるかどうかの考え方;差止めを認めるかを判断する際の考慮事項として、衡平法に基づく以下の4つの要素を提示:
1)侵害を放置した場合、権利者に回復不能の損害を与えるか(回復困難な損害)
2)損害に対する補償が、金銭賠償のみでは不適切か(損害賠償金は損害を補償するのに不適当)
3)両当事者の辛苦を勘案して差止めによる救済が適切か(困難の度合いが原告の方が強い)
4)差止命令を発行することが公益を害するか(公益が害されない)
<参考>最近の特許に関する米国最高裁判決
eBay判決(2006): 差止め認容基準変更
MedImmune判決(2007):確認判決提起基準変更
KSR Int’l判決(2007):自明性基準変更
Quanta判決(2008): 特許用尽範囲確認
・日本は原則差止めも損害賠償も認められるのに対し、米国は権利侵害に対する救済は懲罰賠償も含み得る損害賠償が原則で、差止めは裁判官の裁量による例外的措置。
・日本は、各国と比較して進歩性の審査基準が厳しいため、価値のない特許権による弊害は抑制されている。また、裁判において無効の抗弁が認容される場合も多く、製品に対する寄与度を勘案して損害賠償額を算出しているため、米国に比べて高額賠償が出にくいなど、特許権が強力であることの弊害は生じにくい。
・理論的には一定の場合に権利の濫用であるとの理由(いわゆる「権利濫用法理」)により差止請求権を制限する余地はあるが、実務的には制限した場合の代替措置などバランスを取る方策を検討すべき。
・裁判実務では、他の法域と同様に、一般原則である権利濫用法理により差止請求権を制限するのは困難ではないか。差止請求が相当でない場合には、特許権を無効または権利範囲を狭いと判断し、問題を回避していると言われている。しかし、これでは侵害自体が否定され、損害賠償まで否定することとなり、行き過ぎたこととなる。権利侵害を認めた場合に権利濫用と判断した事例はないのではないか。したがって、現行制度では損害賠償だけ認めて差止請求を認めないという運用を行うのはかなり難しく、これでは硬直的であり立法措置が必要。例えば、損害賠償請求を原則として例外的な場合に差止請求を認める制度があり得るが、特許権の保護のベースが下がることが懸念される。
[パテントトロール]トロールは北欧の伝説に登場する怪物で、直訳すれば「特許の怪物」。特許権を保有し、その権利行使によって、大企業などからライセンス料や損害賠償金を獲得しようとする企業、組織、個人。(1)発明を特許申請したり、他社から買い集めて特許権を多数保有する、(2)自らは保有特許の製品化などは行わない、(3)保有特許を使っているとみられるビジネスの市場拡大を見計らい、メーカーなどにライセンス交渉を仕掛け、応じないと訴訟で和解金を取得する─との要件をすべて満たす企業や個人を指すことが多い。米国では1980年代から既に故ジェローム・レメルソン氏などの有名トロールが登場、日本の大手メーカーは多額の和解金を払ってきた。最近では、日本国内でも同様の手法で、大企業を相手に裁判を仕掛ける企業が登場している。パテントトロールは、権利行使によって利益を得ようとする者であるため、特許侵害訴訟を提起することを目的として他者から特許権を買収するようなことはあるが、逆に、自らが保有する特許権を利用して製品を製造・販売するようなことは少ないと言われている。パテントトロールのターゲットにされると、ライセンス料の請求、多額の賠償金、あるいは、訴訟問題を抱えることによる顧客信頼度の不安といった問題を抱えることとなる。このため、大いに問題視されている。パテントトロールのターゲットとしては、一つの製品に多数の特許が使用していることが多いハイテク関連企業が特に狙われやすいとされる。米国では、2008年6月に、Cisco Systems、Google、Ericsson、Hewlett-Packard、Verizon Communicationsなど、11の大手企業によって、パテントトロールによる特許権の乱用を防ぐことを目的とした「アライドセキュリティートラスト」(Allied Security Trust)が設立されている。

②金銭的填補の在り方について
差止めが制限される場合に、その制限の後に特許権者の意に反する特許発明の実施が他者によって継続的になされると、特許権者の利益が不当に害される。このため、差止請求は棄却しつつも相当の金銭的填補を伴わせることも考えられるが、これは侵害裁判所による特許発明の事実上の強制実施許諾を意味する。
→現行法の裁定実施権制度の利便性・利用可能性の向上を求める声もあり、要検討
[裁定実施権制度]特許権を有している者の意思にかかわらず、行政庁が強制的に通常実施権を設定する制度。公益上必要な場合、その特許が実施されていない場合、その特許を利用する特許発明を実施する場合に裁定(特許83、92、93)。
・侵害事件において、侵害したとされる者は裁定を求めて、特許権者とライセンスをすることで、問題を解決してはどうかとの考えもある。しかしながら、これは機能しにくいと思われる。そもそも裁定を求めるということは侵害を認めたことになるので、侵害をしたとされる者は裁定を求めにくい。しかも、裁定を求めつつ、裁判も行っていれば、どちらの判断が先に出るのかも、また、どのような結果が出るのかも分からない。
・裁定は、行政が行うものとして導入されたもので、裁判所が裁定を行ってよいのか疑問がある。

③特許権の効力の例外範囲(「試験・研究」の例外範囲)の在り方について
特許権の効力の及ぶ範囲は政策的な観点から決定。現行法は、新たな技術進歩に直結するものとして「試験又は研究のためにする特許発明の実施」を例外範囲と規定(特許69①)。通説は、特許発明自体の特許性調査、機能調査および改良・発展を目的とする試験に限定解釈。「試験・研究」の範囲の明確化や拡大の必要性について検討要。
・リサーチツール等の試験・研究用途の上流技術に係る特許発明を利用した試験・研究について、例外の範囲を拡大すべきとの声
[リサーチツール]実験用の動物や実験装置・機器、データベースやソフトウエアなど、研究のため必要とされるあらゆる技術。

3.特許の活用促進

(1)特許の活用の重要性

(1-1)イノベーションの促進と特許の活用

特許の活用は、イノベーションの促進の観点から不可欠であるばかりでなく、制度上からも極めて重要な課題(特許法第1条は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的」と規定)。

(1-2)企業の特許活用の実情

「平成20年知的財産活動調査」
自社での実施のみに利用・・・・・・・・・39.5%
防衛目的で保有・・・・・・・・・・・・・30.2%
自社で実施しつつ他者にもライセンス・・・ 4.5%・
他者へのライセンスのみ・・・・・・・・・ 6.1%
全く利用していない・・・・・・・・・・・19.7%

今後のオープンイノベーションの進展により、ライセンスによって他者の事業で特許が活用される局面が増大、特許権の移転による流通の活発化、特許の活用形態や活用の主体の多様化
→ ライセンスや流通に関する制度の利便性・透明性の向上へのニーズは大きい

(1-3)特許の活用に関する官民の取組

特許庁:「特許流通アドバイザー」「特許流通データベース」「特許情報活用支援アドバイザー」「知的財産権取引業者データベース」「特許ビジネス市」「国際特許流通セミナー」etc.

知的財産権担保融資、特許権の信託等(2004年12月の信託業法改正)

(2)特許の活用についての論点

①実施許諾用意制度(ライセンス・オブ・ライト制度)について
・英国・ドイツ等には、「実施許諾用意制度」(いわゆる「ライセンス・オブ・ライト制度」)が導入
[ライセンス・オブ・ライト制度]実施許諾する用意がある旨を登録した特許に対して特許維持料等を減免する制度。
・解放特許の情報を外部に公表することに対してインセンティブを与えることは、特許の流通・活用の促進に寄与
→ 同制度のメリット・デメリット、導入の要否について検討

②ライセンスの対抗の在り方について
登録対抗制度 vs 当然対抗制度
・通常実施権は登録対抗制度を採用。それゆえ、登録されていないと、通常実施権者は特許権の譲受人から差止請求や損害賠償請求を受けるおそれ。
・しかし、登録対抗制度の問題点として、(i)数百、数千もの特許権が一括してライセンス契約の対象となることも多く、個々の通常実施権を登録することは困難、(ii)ライセンス契約においては実施の範囲に係る条件を詳細に定めることが多いところ、通常実施権を過不足なく対抗するためにその条件の全てを登録することは困難、等が挙げられている。
・登録が困難である通常実施権者のビジネスが不安定化するリスク。
・国際的にみて、登録対抗制度を採用する国は稀。
・登録を必要とせずに通常実施権の存在を証明だけで第三者に対抗可能とする「当然対抗制度」を導入する必要性。
・「当然対抗制度」は、民法の一般原則との関係では特異な制度。しかし、特許権の取引は制度に精通する業者間で行われていることや現状の実務においてデュー・デリジェンスが実施されていること等からすれば、取引の安全を害するとは考えにくい。
[デュー・デリジェンス]物品・権利購入、投資、M&Aなどの商業取引の際に行われる、対象とする物や権利・企業の財産的価値や状況等に関する各種の調査。本文中では、購入予定の特許権にどのような内容の権利がどれだけ付随しているかについての調査を指している。
・「当然対抗制度」とするためには、以下三つのハードルがある:(1)通常実施権が特許権の譲受人等の第三者にも主張可能な権利であると考えられるか;(2)通常実施権が第三者にも主張可能な権利であるとした場合に、その主張に登録は不要と考えられるか;(3)要求すべき水準の努力を尽くしても通常実施権の存在を認識できなかった第三者に対しても、通常実施権を主張可能と考えられるか。これらのハードルを越えるためには、単に登録が困難ということだけでなく、現代の社会の状況に即した積極的な理由付けが必要。

③独占的ライセンスに係る制度の在り方について
・独占的ライセンス = 専用実施権 + 独占的通常実施権(ライセンシーを単一に限定)
・専用実施権は、独占性の第三者対抗、差止請求権等が認められているが、登録が効力発生要件であるため、実施権者の氏名や実施の範囲等を含めて一般に開示されています。独占的通常実施権は、登録なしで効力が発生し、実施権者の氏名や実施の範囲等は開示されないが、独占性は当事者間での契約によるものにすぎないため、第三者に対抗できない。
→ 新たな独占的ライセンスに係る制度の創設について検討要
・登録が効力発生要件とされている専用実施権制度は日本と韓国にしかみられない特殊な制度。
・不動産登記制度は、登記が問題なくできることを前提。一方、ライセンスに関する情報を他人に知られたくない場合があるなど、登録すること自体にマイナスの効果がある専用実施権等に関して、登録が問題なくできることを前提とした制度が妥当するのかについては、再考を要する。
・登録を効力発生要件とする現行の専用実施権制度は、取引安全を強く重視した制度。
・契約により効力が発生し、第三者に対して主張する際にのみ登録が必要という制度の導入の可能性。
・民法の世界では、取引安全のために強い権利は外から見てわかるようにしておくべきと考えられている。知財の世界においても、公示システムとの折り合いを十分に勘案すべき。

④特許出願段階からの早期活用について
・特許を受ける権利の経済的価値の高まりを背景に、特許を受ける権利の売買、ライセンス、担保、信託等、特許出願段階からの早期活用のニーズが高まっている。
・しかし、特許を受ける権利については登録・公示制度が整備されておらず、質権設定も禁止されている(特許33②)。
→ 特許を受ける権利に係る権利変動の登録・公示制度を創設することや、特許を受ける権利に係る質権を解禁することの是非について検討要。

4.迅速・効率的な紛争解決

(1)特許に係る紛争処理制度

(1-1)無効審判制度

特許権は特許庁の審査を経て設定されたものであるが、特許の有効性に疑義がある場合は、何人も特許無効審判請求可(特許123)。無効審判は、特許庁審判部で審理され、職権審理される。無効審決が確定すると、特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(特許125)。審決に不服がある場合は、知財高裁に審決取消訴訟を提起可(特許178)。

(1-2)特許の有効性判断の「ダブルトラック」化

我が国では、従来、特許の有効性については、裁判所が侵害訴訟の手続中で判断することができず、特許庁での無効審判の手続によらなければならないとされていたが、2000年4月の「キルビー最高裁判決」、2004年に新設され2005年4月に施行された特許法第104条の3の規定により、侵害訴訟において特許の有効性の判断を行うことが可能となった。このため、紛争処理における特許の有効性判断が「無効審判ルート」と「侵害訴訟ルート」の2つの場で行われ得るという、いわゆる「ダブルトラック」の状況となっている。
[キルビー最高裁判決]最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決(平成10年(オ)第364号)。特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきである旨、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である旨を判示。この最高裁判決を受けて、侵害訴訟において、被疑侵害者により「特許に無効理由が存在することが明らかである」とする、いわゆる「権利濫用の抗弁」の主張が多数行われ、それを許容する判決が続出した。
[特許法第104条の3の規定]「裁判所法等の一部を改正する法律(平成16年法律第120号)」により、特許法第104条の3の規定が新たに設けられ、この制度改正により、特許権等の侵害訴訟等において、「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」は、特許権者等は「相手方に対しその権利を行使することができない」とされ、被疑侵害者に特許無効の抗弁が認められた。これにより、被疑侵害者に特許法第103条の3の抗弁が認められ、侵害訴訟において特許無効の判断がさらに行われやすくなった。

(1-3)迅速・効率的な紛争解決への課題

特許に係る紛争を迅速・効率的に解決できればイノベーションの促進に寄与することが考えられるゆえ、無効審判ルートと侵害訴訟ルートを巡る諸課題を精査し、制度の在り方について検討を要する。

(2)特許の有効性を巡る紛争解決における論点

①ダブルトラックによる対応負担・判断齟齬について
無効審判・侵害訴訟の2つのルートで特許の有効性が同時に争われる結果、当事者の対応負担が重いとともに、両ルートで特許の有効無効の判断結果の齟齬が生じ得る。裁判所での特許の有効性判断や技術的争点の整理・判断について、「調査官制度」および「専門員制度」では不十分で、さらなる技術的専門性の強化を望む声がある。
→ 特許の有効性判断の2つのルートについて何らかの整理をすべきか否か、裁判所における特許の有効性の判断において特許庁の知見を活用する仕組みや、裁判所が公衆の意見を聴取することを可能とする手段の導入の要否について検討要。
・現行制度は同じ証拠・理由であっても侵害訴訟の被告に特許を無効とするチャンスを二重に与えており、特許権者に一方的に不利な状況。侵害訴訟か無効審判かのどちらかに絞るのではなく、104条の3によって生じる特許権者のリスクを軽減させる立法措置を講ずるべき。
・制度としては、特許権の有効な権利範囲の迅速な確定とともに、シンプルで正確かつバランスの取れたシステムが望ましい。例えば、侵害訴訟提起後は、無効審判請求を禁止し、裁判官の進捗管理の下、特許庁に有効性の判断を審理付託することを可能とし、侵害訴訟における特許無効の判断には対世効を持たせるべき。特許無効の判断の効果は将来のみに及ぶとすれば問題ない。
・司法と行政の分担がきちんとなされていない。以前は特許権には法的安定性があったが、それがキルビー最高裁判決以降に壊れてしまっており、これをどう修復するか。
・米国では、侵害訴訟において、権利範囲の有効性が問題になる場合、特許庁に「再審査」を請求すれば、裁判における訴訟手続の中止が認められる。再審査で提出された主張や証拠には拘束力があり、侵害訴訟で再び争うことはできず、訴訟と同じ証拠・理由に基づく再審査を請求することもできない。したがって、ダブルトラックだが判断齟齬が生じない。また、米国では、裁判所には技術専門性の問題があるため、特許法改正案審議において再審査制度の改善などについて議論中。
[再審査]米国において、特許権が成立した後、他の特許又は刊行物である先行技術を証拠として、米国特許庁に、再度、特許の審査を請求する制度。
・当事者は、無効審判よりも侵害訴訟の方に力を投じていることが多い。また、特許の有効性の判断は侵害訴訟に集約した方が効率的。死力を尽くした侵害訴訟での結果については、現状よりも強い効力を当事者間に及ぼしてもよい。
・当事者として無効審判で判断してもらいたいのは、(1)最先端の技術分野について判断が必要な場合、(2)進歩性の判断に関して技術の流れや相場観が必要な場合。侵害訴訟に一本化する場合には、何らかの形で専門的知識を取り込むことができれば、制度の信頼性も増す。
・無効審判への一本化は、キルビー判決以前の状態に戻ることを意味し、弊害が大きくあり得ない。一方、侵害訴訟への一本化は、裁判所による技術的争点の判断に不安がある。結局は、裁判所と特許庁の役割分担の問題に帰着するが、技術専門官庁である特許庁の判断が何らかの形で介入することは必須。制度利用者が希望する以上、特許庁による判断を得る機会は残しておくべき。その場合、特許庁の判断を裁判所がどの程度尊重するのかという基準の明確化が必要。進歩性の判断において、いわゆる「後知恵判断」を防止する枠組みの洗練、精度向上が信頼性の高い訴訟制度への重要な課題。

②特許の有効性を巡る紛争の蒸し返しについて
侵害訴訟ルートにおいて判決が確定した後に、特許の有効性について無効審判ルート等で争われた場合、侵害訴訟ルートとは異なる判断を下した無効審判や訂正審判の審決が確定することにより、紛争の蒸し返しが生じ得る。
→ イノベーション阻害の懸念から紛争の蒸し返しを封じるための方策

②-1 被疑侵害者による蒸し返し
侵害訴訟において、特許権者の差止め等の請求を認容する判決が確定しても、その後に被疑侵害者が請求した無効審判において無効審決が確定した場合、民事訴訟法上の再審事由に該当(民訴338①)。再審の結果、先の侵害訴訟の確定判決が取り消された場合、受け取った損害賠償金が不当利得となり、特許権者は利子を付けて返還する義務が生じる可能性。
[再審事由]民訴第338条第1項には、「次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。」と規定され、同項第1号~第10号に再審事由が列挙。無効審決の確定は、その第8号「判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。」に該当するとされる。特許権侵害に基づく差止請求を認容した判決の確定後、特許無効審決が確定したことにより、再審請求を認め、確定判決を取り消して、特許権者の請求を棄却した事件が起きている(知財高裁平成20年7月14日判決(平成18年(ム)第10002号事件、同第10003号事件[生海苔の異物分解除去装置事件]))。

②-2 特許権者による蒸し返し
侵害訴訟において、被疑侵害者による無効抗弁が認容され、特許権者の請求を棄却する判決が確定しても、その後に特許権者が訂正審判(又は無効審判手続中の訂正)を請求し、訂正を認める審決が確定した場合、民事訴訟法上の再審事由に該当する可能性。
[ナイフの加工装置事件:最高裁平成20年4月24日第一小法廷判決(平成18年(受)第1772号]特許法第104条の3の抗弁を認めて特許権侵害を理由とする損害賠償等の請求を棄却した判決の確定後、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合、再審事由が存すると解される余地があると判示。
再審の結果、先の侵害訴訟の確定判決が取り消された場合、被疑侵害者は損害賠償等を銘じられる可能性。

・最終的に決め手となるのは再審の在り方をどうするか。事後の審決確定が侵害訴訟の再審事由に当たることを認めるかどうかにより、今回議論している他の問題も全て影響を受ける。特許無効の審決の遡及効の考え方を徹底するのか、既存の紛争解決の結果を尊重するのかという現実的な問題であるのみならず、理論的には、特許の効力をどのように考えるべきかという問題である。侵害訴訟では特許の有効性を判断できなかった過去の制度を前提とすれば、事後の審決確定が再審事由となるのは自然。しかし、特許法104条の3が導入され、侵害訴訟で特許の有効性が判断できる現在の制度を前提にしても、事後の審決確定が再審事由に該当すると考えるべきか、または、特許の有効性が判断された侵害訴訟の確定判決は事後の審決確定によっても覆らないとすべきかという問題。
・侵害訴訟とその後の無効審判での結論が異なる原因には、(1)公知技術に関する新たな証拠の発見と、(2)侵害訴訟ルートと無効審判ルートとの純粋な判断齟齬による場合が考えられる。最終的には、(1)については後出しであるとして、また、(2)については侵害訴訟で無効の抗弁を主張する機会が与えられていたとして、蒸し返しを制限するかどうかという価値判断の問題。公益的な側面と手続的な側面のいずれを強調するかという価値判断とも言える。
・無効審判で無効とされる確率が低い場合は、当事者は審判を請求しない。無効審判請求が成功する可能性がかなり高く、かつ再審で敗訴判決を覆せるならば、何度も無効審判を請求するというのは合理的な行動。無効になる確率は、判断基準のばらつきと、新しい証拠の出現に依存する。後者が大きく影響しているのなら、それを制限するという案もある。特許の質に大きく影響する可能性も懸念されるが、一回の紛争処理手続の中で無効理由が出せなければ、無効理由に関する証拠の後出しは認めないという整理もあり得る。
・侵害訴訟判決確定後に、被告であった者が無効審判を請求することは日常的にあり得る。確定判決が後に覆る可能性があるということは、侵害訴訟は安心感のない紛争解決手段であることを意味し、紛争解決モデルとして問題があることを意味するため、再審は制限されるべき。
・日本の特許権は、侵害訴訟で勝っても後に特許が無効化され、権利行使の結果が覆される潜在的なリスクが高いというイメージから、日本での出願を見送るという国際的な動きもある。無効審判を廃止すべきとまではいわないが、侵害訴訟で徹底的に争ったら、それで紛争解決は終結し、再審にはならないとした方が良いのではないか。
・無効審決の効果は遡及すると定める特許法125条を改正し、将来効のみとするのはどうか。その場合であっても、過去に命じられた差止めが将来にわたって継続するという問題が残るが、それを無効にするための法律上の手当を行えばよい。権利が無効になっても、過去に支払ったライセンス契約のロイヤルティの返還義務はないとするのが有力説であり、すでに特許が無効となった場合の効果を将来のみに及ばせる考え方は存在。

③無効審判ルートの在り方について
現行の無効審判制度においては、同一人が何度でも複数の無効審判を行うことができるため、無効理由が異なる複数の無効審判が請求されることにより、特許の有効性の判断結果が最終的に確定するまでに相当の期間を要する。また、特許付与後も特許請求の範囲等を訂正できる機会が多く、訂正の度に権利の客体が変更されるために、審理をやり直す必要が生じ得る。無効審判の審決取消訴訟においては、無効審判の手続で審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因の主張はできないと解されている。
[メリヤス編機事件判決:昭和42年(行ツ)第28号事件)]審決取消訴訟では、専ら、当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された無効理由(拒絶理由)のみが審理対象とされるべきと解されている(最高裁昭和51年3月10日判決。
このため、訂正審判の請求や新たな証拠に基づく無効理由の主張が行われた審決取消訴訟においては、知財高裁が事件を特許庁に差し戻すこととなり、知財高裁と特許庁との間で事件が行き来することが繰り返される事態が生じている。さらに、無効審判は特許庁が行うものであるが、特許庁は審決取消訴訟の被告にならないことから、例えば、当事者が審決の内容を十分に理解できない場合等には主張・立証が困難となることがある。
・米国的発想からも、一つの手続で出せるものは出してもらって決着を付けるという方法が良い。度重なる無効審判の請求において、実際に証拠として出されていた先行技術にそれほど大きな違いはあるのか。米国の再審査制度のように、特許性について実質的で新たな問題を生ずるような証拠ではない場合には審判請求できないとするのはどうか。
・裁判所が公衆の意見を聴取することを可能とする手続の導入については、裁判所へ多くの情報が提供されることになるため、非常にいい。
・米国の大学の知財学者がアミカスブリーフを出す機会は多い。これには学生も関与でき、法曹教育の面でも有益。
[アミカスブリーフ]未確立の法律問題や審理において留意すべき事項について、公衆又は利害関係を有する第三者を代表して、訴訟当事者以外の者が、裁判所に対し情報を提供する米国の制度。

④技術的争点に関する的確な判断を支える制度整備について
最先端技術に関する争点や技術の流れ・相場感の適切な把握を必要とする進歩性等については、特許庁の無効審判での判断を求めたいとの意見。また、同一の無効理由および証拠に基づいているにもかかわらず、特許の有効性の判断結果が、侵害訴訟と無効審判の間で相違。
→ 裁判所と特許庁において技術の流れ・相場感を共有することで、技術的争点の判断の信頼性を一層高めることが可能
「裁判所調査官」・・・人数が限られており、すべての技術分野について技術の流れや相場感を十分に把握しているわけではない
「専門委員制度」・・・特許制度を十分に理解しているとは限らず、特許出願時の技術水準に基づく視点での説明が適切になされていない。
・技術的知識と法律的知識の両方を備えている人材がいれば問題は解決?しかし、我が国では理系・文系間の壁が高く、またロースクール等の現状にかんがみても、そのような人材の育つ見通しが立っているとはいえない状況。
・技術的知識を有していた方が技術的事項の理解は早いため、裁判官にも技術的バックグラウンドがあった方がより望ましいということはあるが、現行の裁判制度は、特許訴訟以外の専門訴訟も含め、裁判官が専門知識を有していることを前提としていない。裁判官は、当事者の主張等を理解する能力を有していることを期待されるが、具体的な技術的知見(例えば出願当時の技術水準など)については、裁判である以上、むしろ当事者の主張・立証に委ねるべき。したがって、技術的なバックグラウンドの有無により判断の質が変わるというわけではなく、技術的知識がなくても的確な判断を下せる裁判官は既に存在している。
・特許は相当な規模の投資を伴うものであり、いったん成立した特許が無効になりにくく安定している状況でないとその後の事業戦略や投資戦略が立たない。したがって、ビジネスの観点から、技術的な判断を支援する制度を整備すべき。これに加えて、特許の安定性を担保する仕組みの工夫があれば良い。
・技術の流れや相場観に関しては、特許庁の判断を尊重するという考え方が大事であり、これが権利の安定性につながる。

⑤審決の確定・訂正の拒否判断の在り方について
現行法上、複数の請求項からなる特許権については、無効審判を請求項ごとに請求することが可能とされているものの(特許123①)、審決の確定の時期および範囲(複数の請求項に関する審決について、いずれか一つの請求項について取消訴訟が提起された場合、残りの請求項も未確定として扱うかの問題)、訂正請求の拒否判断の基準(複数の請求項に訂正請求があった場合、いずれか一つの請求項に関する訂正要件が満たされなければ、その他の請求項に関する訂正要件の判断をせず、訂正請求全体を不認容とするか否かの問題)、訂正請求認容の確定の時期および範囲(訂正の認容について、いずれか一つの請求項について変更の可能性が残っている限り、残りの請求項も未確定と扱うかの問題)については、名文の規定がない。この点、近時の諸判例(最高裁平成20年7月10日判決(平成19年(行ヒ)第318号)の状況も踏まえ、審決の確定、訂正の拒否判断のいずれについても、請求項を単位として行う運用となっている(部分確定)。
無効審判の審決の確定と訂正の拒否判断の際に、特許全体を一体不可分として扱うことと請求項ごとの扱いとすることの、いずれが適切か。仮に請求項ごとの扱いとした場合に、確定した訂正の内容をその都度、明確かつ早期に公示する制度の導入について検討。
・ビジネス安定化の観点、権利を早く確定させる観点から、部分確定が好ましい。
・現行制度は外からみて権利状態が分かりにくいので、IT技術を活用するなどして、ユーザーにとって分かりやすい公示制度となるよう、対策を講じるべき。
・迅速性という観点からすると部分確定が適しているが、分かりやすさという観点からすると、特許全体で確定とする方が適している。
・この問題は、権利を特許単位で考えるのか、請求項単位で考えるのかという、特許制度の本質論とも関係。特許単位で考えるとするならば、訂正請求の一部が認められないためにすべての訂正請求が不認容となるという権利者にとって酷な事態が生じ得るから、権利者の防御のために予備的な訂正請求を可能とするかどうかという難しい論点が生じる。請求項単位で考えるのであれば、このような論点に入らなくてすむ。また、請求項の訂正に併せて、明細書の訂正の許否判断・確定・公示の取扱いをどうするか等、関連する論点は多い。

⑥無効審判の確定審決の第三者効(特許法第167条)について
特許167:有効審決の確定登録後は、何人も同一の事実、同一の証拠に基づいて無効審判を請求することができない。
しかしながら、特許が有効である旨の審決が既に確定した事件があるからとしって、他人が行った無効審判請求の結果によって、当該審判に関与していなかった第三者が、同一事実・同一証拠に基づいて特許を無効にすることについて、審判で争う権利および審判の結果である審決の当否を裁判で争う権利が制限されることは不合理。
本規定の効力を第三者にも及ぼすことは無効審判が職権主義であることを前提としているが、請求人の主張の巧拙により審決の結論が変わり得る可能性は完全には否定できない、その結果、本来、ある事実・証拠に基づいて無効とされるべき特許について、当該事実・証拠では何人も対世的に無効にできなくなるという公益上の問題。他方、紛争処理制度として効率的であると評価する声もある。
→ 第三者の権利保護と特許権者の対応負担軽減とのバランスや、無効審判制度の重要な意義である公益性と紛争解決の効率性とのバランス等を考慮して検討要。
・無効不成立審決が確定した審判の証拠に、一つでも違う証拠を加えれば、「同一の証拠」とされずに再度の無効審判請求は可能。
・この規定が維持されたとしても、無効不成立審決が確定した審判と同一の事実及び同一の証拠に基づき、侵害訴訟において特許法第104条の3の無効の抗弁を主張できるなら、実害はあまり生じない。
・この規定導入時のモデルとなったオーストリアにおいては、同規定が違憲を理由としてすでに削除されているにもかかわらず、我が国において同規定を維持することが適切であるのか、国際的に見て良い状況であるのか疑問。
・侵害訴訟において無効の抗弁が認められ実質的に権利行使ができなくなっている特許権について、この規定があるために、無効の抗弁が成立した無効理由に基づき特許権の登録を抹消すべく無効審判請求をすることが許されない事態が生じ得る状況を看過して良いのか。

5.国際的な制度調和の推進

①特許法条約(PLT)加盟に向けた検討について
・日本の手続は他国と比べかなり厳格。PLTには早く加盟することが望ましいが、当面はPLTに対応した出願要件の緩和があれば十分ではないか。
[特許法条約(PLT)]各国で異なる国内出願手続の統一および簡素化による出願人の負担軽減を目的とし、さらに、手続上のミスによる特許権の失効を回復する等の救済を規定した条約。2000年6月に採択され、2005年4月に発効している。

②仮出願制度について
・PLT準拠の出願制度と仮出願制度とを併存させることは、特許制度を複雑にするので適切ではない。
・大学からは、常に使う制度として仮出願が必要というわけではないが、論文発表の競争が激しい技術分野ではニーズがある。
・仮出願は一見良さそうだが、論文をそのまま出願すると後で困るおそれがある。
・大学の出願支援は、仮出願の導入によってではなく、大学のスタッフや弁理士等による人的支援により対処すべき。
・産業界は仮出願を導入するニーズを全く感じない。
[仮出願制度]後に正規出願を行うことを前提としてなす特許出願ができる米国特有の制度。仮出願は公開されず、実体審査も行われない。仮出願から12ヶ月以内に対応する正規出願がなされない場合、自動的に放棄されたものとして扱われる。

6.迅速・柔軟な審査制度の構築

①審査着手時期の多段階化について
・実施ができるようになるまで時間がかかる医薬品等においては、費用がかかっても、審査着手を繰り延べられる制度があれば有り難い。
・技術分野によってニーズに相違。
・繰延べを導入すると制度が複雑になる。
・出願人に発明を権利化する意思があるかどうかを、第三者が見極められるようにすることが必要。審査請求期間を長くするべきではない。
・審査着手時期の多段階化については、審査だけに限られない幅広い視点で、細部まで検討してみないとわからない。
・ワークシェアリングの観点からタイムリーな審査が重要。審査着手時期をいたずらに延ばすことは疑問。

7.特許の質の向上

①特許の質について
・特許の質の議論においては、(1)特許として保護するのは、どのようなレベルの発明なのかという実質的な論点と、(2)実際にその基準を、特許の審査においてどのように実現するかという手続的な論点がある。
・きわめて優れた発明だけを特許として保護し、その保護を徹底すればよい。
・ベンチャーや中小企業の視点も重要。小さな発明でも保護して欲しいニーズはある。ある程度優れた発明であれば特許として保護するべき。
・特許として保護される発明の水準が国によって異なると、企業のグローバルな活動の妨げになる。
・特許の審査においては、それ以前に存在した技術の調査は重要。しかしながら、特許庁が調査に要することのできる時間には制約もあり、加えて、学術論文などの特許以外の文献を完璧に調査することは難しいので、米国のように、特許庁外部の有識者の知見を活用してはどうか。
・完璧な審査は不可能であるのだから、特許庁と裁判所との役割分担は重要な課題。
・各国の特許庁における従来技術文献の調査のやり方を統一してはどうか。

②特許の質の向上に向けた出願人・特許庁の役割について
・先行技術調査義務をより強力に出願人に課すのが望ましい。
・進歩性について現行制度の基準を変える必要はない。問題は審査官による判断のばらつき。
・審査基準について、外部の意見を取り入れて客観的なものにしようとする努力は評価できる。進歩性のレベルについては、審査官の判断のみならず、裁判所もぶれのない判断ができるようにすることも重要。
・出願人の調査義務については、出願人と特許庁とのコストバランスを考慮して決定するのがよい。進歩性については、産業の発達という趣旨にかんがみ、状況に応じてレベルが修正されてもよい。
・裁判においても進歩性についての予見可能性が高まることが望ましい。
・進歩性のレベルは、国際的にみて日本だけ厳しいということがあってはならない。
・中小企業支援施策をしっかり充実させて、出願人による先行技術調査の意義を知らしめていく必要がある。

③第三者の役割(公衆審査)について
・公衆審査を確実にするためには、特許付与後に査定系の特許無効化手続を導入するのがよい。
・出願公開後一定期間は特許査定をしないとすると、早期審査等で審査を早くした意味がなくなる。
・特許権が付与された後私権となった以上は、基本的に当事者が主体となって行う手続で争うべき。公衆審査的なものは、特許付与前に入れるべき。
・審査の質が高まってきているので、公衆審査は現行のままで十分。
・異議申立の廃止自体が間違っていたかどうかという議論であるなら慎重に議論すべき。
・特許権が付与された後に特許庁の裁量で再審査を行うような制度は導入すべきでない。
[公衆審査]技術者を始めとする公衆の知見を活用して特許審査や付与された特許権の見直しを行うことで、特許の質の維持・向上を図る考え方。

8.発明・発明者の保護のあり方

①職務発明制度について
・改正法の適用事例がまだないため早期の制度改正はできないものと認識しているが、現行制度には、研究者の情報秘匿による研究開発チームへの悪影響や、訴訟リスクの高さ・予見可能性の低さによる研究開発投資の減少という懸念がある。将来的には、職務発明の取扱いを企業と従業者の間の契約にゆだねるべき。
・近年の裁判例の動向をみると、従業者との間で取り決めた対価が改正法下で本当に尊重されるのか疑問。
・特許法35条が仮に削除されるとすると、極めて概括的な規定である民法90条が適用され、予測可能性が一層低下する。35条を残し、必要に応じて改正するほうが、一般法にゆだねるよりも望ましい。
[民法90条]公序良俗に反する契約は無効である旨規定。
・改正法下でも、特許法35条5項があることで結局旧法下と同様の判断が下され、不毛な議論が続くおそれがあると懸念。将来的には、制度廃止の方向で改正すべき。
[35条5項]対価について定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められる場合には、対価の額は個別の事情を総合的に考慮して定めなければならない旨規定。
・先発明主義を採るアメリカに比べて、先願主義を採る日本は従業者の交渉力が弱い。労働実態との調和などもみながら、制度のあり方について考えるべき。

②冒認出願の救済に関する制度について
・外国では立法手当により救済手段を認めていることが多く、日本でも、冒認出願された真の権利者の救済を拡充するための立法的解決を望む声が多い。
・特許権の設定登録後に真の権利者が権利を取り戻すことを認める場合は、制度的に考慮しなければならない事項が多くある。

③新規性喪失の例外規定における学術団体等の指定制度について
・外国の学術団体の申請及び指定は未だに例がなく、海外の学会等での自己の発表によって新規性を失う状況は国際的な観点から問題があるため、本指定制度は廃止した方が良い。
・大学等においては、本指定制度廃止についてのニーズがあるので改善を考えた方が望ましいが、一方、産業界でのニーズはない。大学等に対しては、新規性喪失の例外措置に頼るばかりではなく、早期に出願を行うよう促すことも必要。

④特許の保護対象について
・現在の発明の定義規定は非常に美しいが、ユーザーからみるとわかりにくい。発明の定義規定をやめて、欧州特許条約のように不特許事由を列挙し、必要に応じて調整をしていく方がわかりやすく、時代の流れにも対応できる。
・新しい対象に速やかに対応できるように継続的に見直しが行われるべき。
・現行の定義規定を変える必要はない。新しいアイデアを保護するなら、特許法とは別の法体系で保護する選択もある。その方が法的な安定性の観点からも合理的。
・特許の保護対象を広げる際に、法改正をせずに審査基準の改訂のみで対応することの是非を議論しつつ制度の在り方を検討すべき。
・諸外国の制度も種々の問題を抱えている中で、日本の制度はそう悪くない。発明の定義を全部なくしてしまうことには多くの人が抵抗を感じる。

9.まとめ

以上のように、イノベーション促進の観点から現行法の根本的見直しを行うべく、様々な論点について議論が進行中である。今後の議論の行方、特許法改正の動向が気になるところであり、注視して見守りたい。なお、議論のコンセプトは以下の点にあると思われる。

(1)昭和34年法の制定以来50年ぶりの大改正
(2)イノベーションの推進を目的
(3)権利化後の特許の活用を重視
(4)迅速・効率的な紛争解決
(5)特許の質の向上・強い特許権(裁判でもしっかり守られる)
(6)国際協調

山中 伸一郎

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