欧州特許庁(EPO)での異議申立で維持決定された特許について、統一特許裁判所(UPC)パリ中央部が特許を取消しました。
UPC判決:NJOY Netherlands B.V. v. VMR Products LLC, UPC_CFI_308/2023:2024年11月27日
概要
・原告:NJOY Netherlands B.V.(以下NJOY)
・被告(特許権者):VMR Products LLC(以下VMR)
VMRは、電子タバコに関する欧州特許EP 3456214の特許権者です。
NJOYはEPOに異議申立を行いましたが、EPOは、補正された形で維持決定しました。
NJOYは、2023年9月にUPCのパリ中央部に取消訴訟を提起しました
(ACT_571565/2023 )。
2024年11月27日、UPCは、進歩性欠如を理由として上記欧州特許を取消しました。
VMRはこれを不服として、2025年1月にルクセンブルクのUPC控訴裁判所に控訴しています(APL_4383/2025 )。
UPCにおける進歩性の判断
本件発明は、カートマイザー(使い捨てカートリッジ)を挿入できるチャンバーを備えた電子タバコに関するものであり、本件発明の特徴は、シェルに設けられた小窓により、カートマイザーの一部が外部から視認可能である点です。
VMRは、「ユーザー体験の向上」という曖昧な技術的課題を設定しましたが、UPC裁判所はそれを退け、「カートマイザー挿入部が可視化できる構造」として、より具体的な課題を設定しました。その結果、「小窓をつける」という構成は「容易に思いつく(obvious)」として、進歩性なしと判断されました。
EPOでの異議申立と、UPCでの取消訴訟との相違点
・主引例の相違
UPCでの取消訴訟では、EPOでの異議申立とは異なる主引例が用いられました。異議申立では、特許クレームの一部の構成が開示されていない文献が主引例でしたが、取消訴訟では、カートマイザーに液体残量確認用の小窓が設けられた先行技術が存在したため、シェルに小窓を設けることは当業者にとって容易であったと判断されました。
・進歩性の判断手法の相違
EPOの進歩性判断は「問題–解決アプローチ(Problem-Solution Approach)」に基づいていますが、UPCでは、EPOほど定型化された問題–解決アプローチを必ずしも採っていません。UPCでは、「現実的な出発点(realistic starting points)」の設定、発明の目的に即した柔軟な課題設定とその評価、クレーム構成との因果的つながりなどの要素をより重視する傾向があります。
・フロントローディング手続きの運用の相違
UPCは迅速な審理(原則12か月以内に口頭審理)を重視しているため、通常は初期提出書面に全ての主張・証拠(prior art含む)を盛り込む必要があります。
しかしながらNJOYは、VMRが提出した防御書面に対する反論において、新たな証拠を提出しました。
VMRは提出時期が遅すぎると異議を唱えましたが、裁判所は以下の理由により提出を許可しました:
・提出された証拠は主張の補強にとどまり、新たな無効理由には当たらないこと
・厳格な手続規律を目的としたのではなく、全体としての審理効率を考慮した柔軟な対応が適切であること
コメント
この事件は、UPCとEPOで、異なる主引例と異なる進歩性判断の基準により結論が分かれた好例であり、UPC訴訟において準備戦略(特に証拠提出と技術的課題の設定)の重要性を示すものといえます。特にUPCにおける進歩性判断においては、技術的課題の設定自体が進歩性の有無に直結する争点として明示的に審理されており、本件においても、UPCは課題の適否を正面から判断しました。
(大釜 典子)