(1)経緯
欧州特許庁の審判部は、中間決定T 438/19により、欧州特許出願の出願日より前に上市された製品がEPC 54(2)の意味における技術水準(state of the art)から除外される場合があるかに関する質問を、拡大審判部に付託しました(G 1/23)。
中間決定T 438/19は、欧州特許出願11830390.8(公開番号2626911)についての異議の却下の決定に対する審判でされました。発明の対象は、太陽電池封止材および太陽電池モジュール、出願人は、三井化学株式会社及び三井化学東セロ株式会社、特許権者の現地代理人は、Hoffmann Eitleです。
(2)付託された質問事項
1.欧州特許出願の出願日より前に上市された製品は、当該出願日前において当業者が過度な負担がなければその組成又は内部構造を分析又は再現できないという理由のみをもって、EPC 54(2)の意味における技術水準から除外されるか。
2.質問1に対する回答が「いいえ」の場合、当該出願日前に(例えば、技術的なパンフレット、非特許又は特許文献の公開により)公衆が利用可能になった当該製品に関する技術的な情報は、当該出願日前において当業者が過度な負担がなければその組成又は内部構造を分析又は再現できないかどうかにかかわらず、EPC 54(2)の意味における技術水準であるか。
3.質問1に対する回答が「はい」又は質問2に対する回答が「いいえ」の場合、意見G 1/92の意味において過度な負担なく製品の組成又は内部構造を分析及び再現できるかどうかを決定するためには、どの基準が適用されるべきか。特に、製品の組成及び内部構造を完全に分析でき、完全に同じように再現できるということが要求されるか。
(備考)拡大審判部の意見G 1/92は、公衆への利用可能性(Availability to the public)に関し、結論部分(Headnote)にて以下のように意見を述べています。
1.製品の化学組成は、当該製品自体が公衆に利用可能で当業者により分析及び再現可能である場合には、組成を分析するための何らかの理由を特定できるかどうかに関係なく(筆者注:わざわざ組成を分析しようとする理由はないような場合であっても、というニュアンス)、技術水準である。
2.同じ原理がその他の製品にも準用される。
ここで、「当業者により分析及び再現可能」かについては、意見の理由(Reasons for the Opinion)において、「過度な負担なく(without undue burden)」という基準が示されています。
(3)拡大審判部の審決
拡大審判部の結論の概要は以下の通りです。
1.欧州特許出願の出願日より前に上市された製品は、当該出願日前において当業者がその組成又は内部構造を分析又は再現できないという理由のみをもって、EPC 54(2)の意味における技術水準から除外されない。
2.当該出願日前に公知になった、そのような製品に関する技術情報は、当該出願日前において当業者が当該製品及びその組成又は内部構造を分析又は再現できるかどうかに関係なく、EPC 54(2)の意味における技術水準となる。
(4)実務上の留意点
拡大審判部の審決により、技術水準の認定では、「入手可能性」さえあればよく、「分解・再現可能性」に基づく反論は難しくなりました。
つまり、製品が公衆に物理的に入手可能であれば、その成分や構成、特性が「誰にも解明できなくても」技術水準と認定される可能性があります。
この基準は、化学・医薬・材料・半導体など、高度に複雑な製品でも同じ基準が適用されるため、これらの製品の上市について、より一層の注意が必要になると思われます。
(北出 英敏)