(1)概要
2024年6月24日付けEPO技術審判合議体の中間審決(T439/22)において、EPC第69条第1項第2文におけるクレームの解釈における明細書及び図面の参酌の規定について、拡大審判部に以下の質問が付託されました(G 1/24)。
1. EPC第52~57条に基づいて発明の特許性を評価するとき、クレームの解釈についてEPC第69条第1項第2文、及びEPC第69条の解釈に関する議定書第1条が適用されるか?
2. 特許性を評価するためにクレームを解釈するとき、明細書及び図面を参酌してよいか?そうであれば、これは一般的に行われてよいか、或いは、当業者がクレームを単独で読み不明確又は曖昧であると判断した場合にのみ行われてよいか?
3. 特許性を評価するためにクレームを解釈するとき、明細書において明示的に記載されている、クレームで使用される用語の定義又は同様の情報を無視してよいか?そうであればどのような条件の下で無視してよいか?
2025年6月18日に、拡大審判部の審決が発表され、付託された質問に対して以下のような決定がされました。
1.クレームは、発明の特許性を欧州特許条約(EPC)第52条から第57条の規定に基づいて評価する際の出発点であり、根拠である。
2.クレームの解釈においては、発明の特許性をEPC第52~第57条に基づいて評価するとき、当業者がクレームを単独で読み不明確又は曖昧であると判断した場合に限らず、常に、明細書及び図面を参照しなければならない。
(2)経緯
T439/22は、EP 3076804 B1を維持するという異議部の決定に対する審判です。
・発明の名称:HEATED AEROSOL GENERATING ARTICLE WITH THERMAL SPREADING WRAP(熱拡散性ラップを備えた加熱式エアロゾル発生物品)
・出願人:Philip Morris Products S.A.(スイス)
・異議申立人:Yunnan Tobacco International Co., Ltd. (中国)
欧州特許のクレーム1は以下の通りです。
1. A heated aerosol-generating article (1000, 2000) for use with an electrically-operated aerosol-generating device (3010) comprising a heating element (3100), the aerosol-generating article comprising an aerosol-forming substrate (1020, 2020) radially encircled by a sheet of thermally-conductive material (1222, 2222), in which the aerosol-forming substrate comprises a gathered sheet of aerosol-forming material circumscribed by a wrapper, the wrapper being the sheet of thermally-conductive material which acts as a thermally-conducting flame barrier for spreading heat and mitigating against the risk of a user igniting the aerosol-forming substrate by applying a flame to the aerosol-generating article.
本件明細書の段落[0035]には、クレームに記載の”gathered”の定義が記載されていました。
「[0035] As used herein, the term ‘gathered’ denotes that the sheet of tobacco material is convoluted, folded, or otherwise compressed or constricted substantially transversely to the cylindrical axis of the rod.」
(ここで使用される「集合(gathered)」という用語は、たばこ材料シートが、巻き込まれ、折り畳まれ、又は他の方法でロッドの円筒軸方向に対して実質的に横方向に圧縮又は収縮されていることを示す。)
先行技術文献D1(EP 2 368 449 A1、WO 2011/117750 A:日本たばこ)には、tobacco sheet 21が中空円筒構造に成形されていること、そして、tobacco sheet materialが巻かれて円筒状に形成されることが記載されていました。このような円筒形のtobacco sheet 21は、本件明細書に記載された「ロッドの円筒軸方向に対して実質的に横方向に圧縮又は収縮」されたものに該当します。
本件明細書の段落[0035]の記載を参照すれば、クレーム1の”a gathered sheet of aerosol-forming material”は、D1に記載された「tobacco sheet 21」に相当することになります。また、クレーム1のその他の構成もD1に開示されていました。
そのため、クレームに記載の用語「gathered」の解釈が焦点となりました。
異議申立人は、クレームに記載の「gathered」の解釈にあたっては、明細書の段落[0035]の記載事項を参照するべきと主張しました。
一方、権利者は、クレームの用語の意味は明らかなので、明細書の記載事項を参照すべきではないと主張しました。
異議部は、「gathered sheet」という用語を、縫製技術における「gathering(ギャザー寄せ)」と類似して、そのシートがより複雑な形状に幾何学的に変形されていることを意味する、と解釈しました。「gathered」の用語を、明細書及び図面を参酌せずに、上述したような当該技術分野で既知の通常の意味で解釈すれば、クレームはD1に記載された「tobacco sheet 21」を含まないから、本件クレーム1は新規性を有するとして、特許を維持しました。
異議申立人はこれを不服とし、審判を請求しました(T439/22)。
審判において、EPC第69条第1項第2文の、「明細書及び図面はクレームを解釈するために用いられる(the description and drawings shall be used to interpret the claims)」との規定が問題となりました。
EPC第69条第1項第2文に関するこれまでの審決は、大きく2つに分かれています。一方は、EPC第69条は、クレームを解釈する際に常に明細書や図面を参照することを求めているとしており、他方は、クレームされた対象を明確にするために必要とされる、例外的な場合にのみ、明細書や図面を参照することが許されるとしています。
そこで、クレームの解釈において明細書及び図面を参照するかどうかについて統一的な判断を求め、上記の質問が拡大審判部に付託されることとなりました。
(3)拡大審判部の審決
拡大審判部の結論の概要は以下の通りです。
1.クレームは、発明の特許性を欧州特許条約(EPC)第52条から第57条の規定に基づいて評価する際の出発点であり、根拠である。
2.クレームの解釈においては、発明の特許性をEPC第52条から第57条に基づいて評価する際には、クレームが単独で読まれたときに不明瞭又は曖昧であると当業者が判断した場合に限らず、常に明細書及び図面を参照しなければならない。
拡大審判部は、付託された質問1で言及していたEPC第69条第1項第2文、及びEPC第69条の解釈に関する議定書第1条について、特許性の判断の際の規定ではなく、欧州特許による保護の範囲に関する規定であるため、特許性を評価する際のクレーム解釈として完全に満足のいくものではないと考えています。また、拡大審判部は、クレームの記載要件に関するEPC第84条をクレーム解釈の代替的な法的根拠とすることについても批判的であり、第84条にはクレームをどのように解釈すべきかについての指針も与えていない、としています。
したがって、拡大審判部は、特許性を判断する際のクレーム解釈に対し、EPC条文の中に明確な法的根拠が存在しないと考えており、この点に鑑みると、質問1に対する厳密に形式的な回答は「No(いいえ)」となります。
そして、拡大審判部は、クレーム解釈において適用される原則は、既存の審決から導き出すことが可能であるとして、上記の結論を導き出しました。
付託された質問2については、記載を不明瞭又は曖昧な場合にのみ参照するという審決は、EPC第69条の文言及びその原則に反しており、また、EPC加盟国の国内裁判所の実務及びUPC(統一特許裁判所)の実務にも反していると述べました。拡大審判部は、EPCの背後にある調和の理念に賛同するとしています。
(4)実務への影響
上記中間審決にも記載されたとおり、これまでの審決ではクレームに記載の用語の解釈について様々なアプローチが取られていましたが、G 1/24の結果により、EPOにおいて統一的な運用がなされることになります。
一般的な用語の意味と異なる定義を明細書に記載すれば、EPOでの審査や異議申し立てに際して、その定義に基づいてクレーム解釈されることになります。このことを考慮してクレーム及び明細書等を作成するとともに、従来技術との違いを主張することが推奨されます。
拡大審判部は、この審決が、UPCの判決 (NanoString v 10x Genomics, UPC_CoA_335/2023) において「特許のクレームは常に明細書に基づき解釈される」とした結論と一致していると述べています。
(参考)
EPO HP:Decision G 1/24
(大釜典子、北出英敏、畠中省伍)